「ケアマネジャーさんは普通何も言わずにフェードアウトしていくよ」

これはある日親しくなったケアマネジャーさんから言っていただいた言葉です。この言葉が何を意味しているのか。それを理解するために、まずは訪問診療が地域の方々にどのように受け止められているのか、地域の他の在宅サービスと比べてどのような特性があるのかを考えていきましょう。

まずひとつめは医師の存在です。

訪問診療において最も大切な存在は医師です。医師が存在しなければ医療を提供すること自体できません。その中でもとりわけ院長がどのような人柄かということが大切なことは言うまでもないでしょう。

今更説明するまでもないかもしれませんが、医師は弁護士や公認会計士と並び3大国家資格の一つです。コストと時間をかけて高度な医療知識をものにし難関な国家試験を通過した医療のスペシャリストであり、有する権限も責任も甚大です。だからこそ医師というだけで誰もが一目置く存在であるわけです。

この医師という権威はそれゆえに双刃の剣です。権威はうまく利用すれば有用ですが、反面近寄り難いという印象も与えます。

またご利用者様やご家族からしてみれば、生命を預けているという感覚から、非対称的な力関係が生まれやすいでしょう。

二つめは、医療というカテゴリーです。

訪問診療の費用の内訳を細かく議論することはまた別の機会に譲るとして、その費用のほとんどは医療保険で賄われます。訪問診療が医療費に分類されるというのはイメージがしやすいですよね。

この医療というカテゴリーに対して例えばケアマネジャーはどのような感情を抱いているか。ケアマネジャーは介護保険のスペシャリストです。研修で医療の知識も学びますが、医療については苦手意識をもつ方も多く、それが適切かどうかはともかく介護の人間が医療側に対してあまり意見を言うべきではないという方もいるくらいです。

また介護保険にとって医療側の指示とりわけ医師からの指示はとても重要です。

そもそも介護保険の申請自体が医師の意見書なしでは不可能ですし、各種介護サービスを利用するにあたって、医師からの指示書や診断書が必要になることも多いのです。

それでは訪問看護師はどうでしょうか。病院での指示系統を想像してもらえば容易に了解できると思いますが、看護師は医師の指示によって動きます。訪問看護においてもそれは変わりません。医師から訪問看護指示書が作成されない限り、訪問看護師が介入することはできません。ちなみに訪問看護は患者様のご病気や状態によって介護保険による介入か医療保険による介入かに分かれます。介護と医療で大体7:3と言われています。

このようにして医療と介護においては知らぬ間にヒエラルキーが形成されやすい構造になっております。また、高度な医療知識が基礎とされるべきという観点からはそれが必要ですらあります。

ただし、そのようなヒエラルキーが必要であったとしても、それに胡座を書いてただ医師の医学的な考え通りにご利用者様やご家族に指導し、ケアマネジャーや訪問看護師に指示をするだけでは、信頼関係を築くことはできません。とりわけ、訪問診療では医学的な治療=キュアだけでなく、介護も含めた生活全般に焦点を当てる=ケアに重点をおく必要があるので尚更です。そこではご利用者様やご家族様の想いにしっかり耳を傾け、多職種と対等な関係性を築いて意見を出し合わなければいけません。

ここまで、ヒエラルキーが形成されやすい、医師に対して及び腰になりやすい、キュアではなくケアにも比重を置かなければならないという訪問診療の特性を見てきました。重要なのは、このような特性を理解し自覚ししっかりと受け止めることです。

そしてこのような特性を逆に有効に活用できるような適切なシステムづくりをすることです。前の記事で説明した通り、そのシステムづくりのキーパーソンが相談員なのです。

冒頭で紹介した言葉は、この特性に無自覚のまま高みに立って降りてこない、あるいは、高みに立っている自覚すらないままアクセスのしにくさが改善されない訪問診療のクリニックは、いつの間にか利用されなくなっていくということを意味しています。それがクリニックにとってマイナスな意見でも表明してもらえるだけありがたいことなのです。